
Brooklynにある建物の紹介です。写真をクリックしてみてください。

























Grand Army Plaza (1892)
Prospect Heights
Prospect Parkの正面に建ち、Brooklynのランドマーク的な存在感を示すGrandArmyPlazaの"勝利のアーチ"。南北戦争で闘った騎兵と海兵へのメモリアルとして、3年かけて1892年に完成しました。その両足にはそれぞれグラント将軍とリンカーン大統領のレリーフが刻まれています。このアーチの中には作業用のエレベーターが設置されているそうで、結構近代的な造りになっているようです。ホリデイシーズンにはライトアップされてなかなかロマンチックに演出されています。

Williamsburg Saving Bank (1927)
またの名をOne Hanson Place ともいい、通称"Willie"で知られるWilliamsburg Saving Bank Buildingは、誰もが認めるBrooklynのランドマークです。Brooklynで一番高く、さらに4面のクロックタワーとしては、世界で一番高いそうです。Williamsburg Saving Bankという名前なのになぜかFortGreene地区にあるのですが、それもそのはず、Brooklyの金融ビジネスはこのエリアに集中していたからなのです。このビル、その後HSBC銀行に所有され、一時はデイリーニュースに"歯医者のメッカ"と書かれたほどテナントの多くが歯医者さんだったようです。現在はあのNBA選手MagicJohnsonによって、高級コンドミニアムへと改装中です。いったいどんな人たちが住むことになるのか楽しみです。

Broken Angel (1981)
Clinton Hill
一見すると、FrankGaryが低予算で制作した建築物かな?とも思えるようなこの建物。かなりBrooklyn感のあるカオス的な様相を呈していますが、実はアーティスト、Arthur Woodのれっきとした芸術作品なのです。彼は1979年に4階建てのレンガ造りのビルを買い取り、数年かけてエントランス部分を付け足して、アーチを加え、無数の鏡を埋め込んでトップの部分を作成しました。最近、このビルが取り壊しになるという噂がたち、それを懸念したBrooklynじゅうのアーティストや住民が立ち上がって保護運動をしているという記事を見かけました。結構人気があるみたいです。

Tobacco Warehouse (1870s)
DUMBO
その昔、Brooklynの港が重要商業港として栄えていた頃、商用に入ってくるタバコの検査場として1870年代にManhattanを臨む海岸沿いに建てえられました。保存運動によって1998年の倒壊計画から逃れ、現在はEmpire-FultonFerryStateParkの一部として赤レンガの外壁のみを残す面白い場所になっています。コンサートやダンスパフォーマンス、ウェディングに使用され、映画の撮影などでも人気の場所です。

Domino Sugar Factory (1880s)
Williamsburg
2003年に砂糖の精製工場としてはクローズしてしまい、現在はパッキングや倉庫業で使用されるのみとなりました。皆さんもドミノシュガーにはぴんとくると思いますが、工場がここWilliamsburgのハドソンリバー沿い、KentStreetを5ブロックにわたりドンと構えていたことは意外と知られていないようです。1880年代から創業のこの工場、現在はニューヨーク市のランドマークの建物に指定して保護しようという動きが高まっているようです。

Revere Sugar Refinery
Red Hook
Redhookの海岸沿いのほとんどの地域からよく見えるこの巨大なドームは、RevereSugarRefinaryの砂糖の精製工場でした。工場は、"フィリピンのバナナ王"として知られたAntonioFloriendoに所有され、数年間稼動していましたが、1985年に会社が倒産して以来放置されています。そのちょっとヘンテコな外観がブルックリンの雑多な感じを象徴しているようです。BeardSreetとReedStreetから歩いてアクセスすることができます。

Hudson Waterfront Museum
Red Hook Warterfront
最近FairWaysマーケットが出来たことで、この辺りにも活気が出てきているのですが、そのFairWaysからめと鼻の先、海に浮かんだHudsonWaterfrontMuseumはちょっと面白いRedHookのみどころとして話題を呼んでいます。
1914年に鉄道用の荷車として造られ港間の荷物を運んでいたのですが、時代が変り、木造の荷車が使用されなくなってからは長い間ニュージャージーに泥まみれで放棄されていました。それを1985年DavidSharpが買い取り、補修をして現在のミュージアムに造り替えたのです。現在一家はそこで生活し、ミュージアムは時にサーカスやコンサートなど、家族向けのイベントや結婚式などにも使用されています。もちろんそこからのマンハッタンの景色は言うまでもありません。

Williamsburg Art and Historical Center (1867)
Williamsburg
KingsCountySavingsBankは建築のスタイルで言うSecondEmpireの時代に建てられたその代表的な特色を示す貴重なビルとしてランドマークビルディングに指定されています。深い傾斜を持つマンサードルーフがその主な特徴です。

Carroll Street Bridge (1889)
Carroll Gardens
何てことのない小さな橋に見えて、このCarrollStreetBridgeは実はアメリカに現在4つしか残っていない、引き込み型の開閉橋の1つなのです。車輪に乗った橋の一部が、鉄道のレールのような溝に沿って、運河の上から陸側に引き込まれるようにスライドして開閉されます。完成当時、「歩くよりも早く通行するドライバーには$5の罰金が科されます」という張り紙がされたそうですが、ここで言うドライバーとは、馬に乗った人々のことだったそうです。ちなみにこのGowanusCanal、数年前まで水質汚染で有名な悪名高き運河でしたが、今では橋の近くで釣りを楽しんでいる人も見かけます。

Montauk Club (1889)
ParkSlope
BrooklynBridgeの開通(1883年)以来Brooklynではちょっと’したエコノミックブームが起こりましたが、MontaukClubはその時期に誕生したプライベートクラブハウスです。創立当時のメンバーにはPrattInstituteのCharles Prattもいたそうです。そしてこのClubは大物政治家たちの集まりでもあり、数多くの歴史に残るスピーチを産み出した場所でもあります。Herbert HooverやDwight D. Eisenhower、JohnF,KennedyやRobertKennedyもこの講壇に立ったそうです。

Boys' High School (1892)
Bedford-Stuyvesant
MarcyAvenueとPutnumAvenueの角、たくさんの細かな彫刻を施されたテラコッタの外壁が目をひく建物は、Irishの建築家JamesNaughtonによるBoys'Highの校舎です。作家のNormanMailerやJackNewfield, IssacAsimov, またNBAのPhoenixSunsのスター選手ConnieHawkinsが通っていたことでも知られる学校です。円筒型と角型の対照的なふたつのタワーをもち、アーチやドーマー型の屋根窓、モールディングやコルニスなどが合わさったクラシックで趣のある建物です。

Manhattan Bridge Vista
DUMBO
ManhattanBridgeは名前の通りBrooklynとManhattanをつないでいる橋です。ここではDUMNOにある絶景ポイントを紹介します。WashingtonStreetとYorkStreetの交差点の北西の角からマンハッタンの方を見ると、ビルの谷間にManhattanBridgeがこんな風に見えるのです。偶然なのだそうですが、そのManhattanBrodgeをよーく観ると、(上の写真では曇っていてわかりませんが)その向こうにエンパイヤステートビルが小さく覗いているという構図です。お天気のいい日に記念の一枚を撮影されてはいかがでしょう。

Caroline Pratt Ladd House (1898)
Clinton Hill
19世紀後半にこの辺り一番の大富豪であった石油王CharlesPratt(PrattInstituteの創設者でもある)が、ClintonAvenue沿いに息子たちのために4件の豪華なマンションを建てたうちのひとつで、FrederickB.Prattにあてがわれた家です。ジョージアンスタイルとボザールスタイルの特徴をあわせ持ち、円柱の回廊や繊細なトレリス、彫刻をちりばめた豪華な概観に、一族の繁栄を今も垣間見ることが出来ます。建築家はBabb, Cook & Willardで、同じ通りにあるGeorgeD.Prattの家も彼らが手がけています。

Old Loew's Shore Theater (1920s)
Coney Island
Manhattanにたくさんある現在のLoew'sTheaterからは想像もつきませんが、1920年代のConeyIslandではこんな感じでした。ビルが建てられた当時、この辺りでは、HalfMoonHotelに次いで2番目に高い建物だったそうです。シアターは人気の封切映画やライブのショーで連日にぎわっていたそうですが、ConeyIslandの人気が衰退してさびれていったのと運命を同じくし、70年代にはX-ratedのいかがわしい映画を上映する映画館となりました。

The Old Stone House (1699)
Park Slope
オリジナルのTheOldStoneHouseはなんと1699年にオランダ人KlaesA.Vechtによって建てられました。アメリカの独立戦争では、LordStirlingが率いる259人のMarylandからの兵士がこの場所でイギリス軍の凶弾に倒れたことから、現在も、Merylandの旗が掲げられています。実はこの家、1897年にParkSlope一帯を所有していたLitchfield氏によって解体されてしまったのですが、この家の基礎は非常にしっかりと出来ていたことから後に発見され、幸運にもBrooklyn市によって1996年に再建されました。現在はByrneParkの中にあり、週末には中を見ることも出来ます。718-768-3195

Cook House
Bushwich
いわく付きの北極探険家、Dr.FrederickA.Cookが住んでいた家が、BushwickAvenueとWilloughbyAvenueの角に今もひっそりとたたずんでいます。(彼は1901年の裁判でRobertPerry氏に負け、結局北極点の発見者の座を奪われてしまいました)。BushwickAvenue沿いには、Cook氏の邸宅を始め、多くのマンションが今も残っています。

Litchfield Villa (1857)
Prospect Park
現在ProspectPark内にあるこのイタリアンスタイルのVillaは、ProspectParkが出来る前からこの場所にありました。このvillaの所有者Litchfield氏は,記録によると現在のParkSlope地区のほとんどを所有していたそうで、このvillaは妻のために、庭のピクニックエリアの中心に立てたもので、GraceHillと呼ばれていました。AlexanderJacksonDavisによる建築。

McCarren Pool (1936)
Greenpoint
TheMcCarrenParkPoolは、大恐慌時代のプロジェクトの一環として1936年にオープンしました。そのオープニングの日、当時のNY市の市長であった、LaGuardias氏が「これほどの見事なプールは今までになかった」と賞賛したそうです。しかし、それから約50年後の1984年にプールはクローズされ、以来放置されていました。最近になって、野外のパフォーマンススペースとして使用されるようになり、広大なスペースを利用したアバンギャルドな作品が数々発表されています。プールはさることながら、McCarranParkの入り口の巨大なアーチは一見の価値ありです。ショーのチケットブースとして使用されています。

Brooklyn Public Library (1941)
Prospect Heights
GrandArmyPlazaのアーチに向かって建つライムストーンの荘厳なビルが、BrooklynのCentralLibraryBuildingです。本を開いた背表紙の部分をエントランスにしてアベニュー沿いに2本のウイングが伸びた形にデザインされた美しいビルで、もちろんランドマークビルディングに指定されています。建設は1912年に始まったのですが、工事は長引き1941年に完成。オープンしました。2005年からはエントランス部分をクローズしていて、地下にパフォーマンススペースを造っているそうです。

Lefferts Place (1860s)
Clinton Hill Landmark Extension
2006年の夏にディべロッパーに売却され7階建てのコンドミニアム建設のために壊されることになっていたこの美しいItalianVillaは、地域住民の努力によって2006年12月にニューヨーク市のランドマークビルディングに指定され、歴史的重要保存文化財として生き延びることになりました。外壁を明るい黄色でペイントされた古い趣のある美しい木造のビルですが、150年もの歴史があるとは思えないほど丁寧にメンテナンスされこぎれいにさえ見えます。なんと、ある時期には黒人の宗教団体FatherDevineの本拠地だったこともあるそうです。しかしこの家を守るための地域住民の熱意は相当なもので、NYタイムスにも取り上げられ、Brooklynのほかの地域の歴史的建物を保存しようという団体から支援されました。

Slope Music School (1850)
Park Slope
BrownStoneが立ち並ぶ木立の道が多いParkSlopeにあって、9thAveは交通量の多い2車線の道路です。多くの人が行き交い、わりに大きなビルが立ち並ぶ中、突如としてこのクラシックでエレガントで繊細なこの建物があらわれます。ProspectParkもBrooklynBridgeもなかった頃、この辺りはだだっ広い開けた土地でした。そんな田舎だった時代に建てられたこの建物は、マンサード型の屋根やモールディング、ベイウインドウなど、テキストブックに出てくるような忠実なSecondEmpireStyleです。1981年にこの家に移り住んだCharlesSibirskyによって、JazzMusicSchool、その名も"SlopeMusic"として利用されるようになりました。
SlopeMusic

The Wooden-blocked Sidewalk
Greenpoint
Greenpointの中でも、EastRiver沿いのWestStreetは、19世紀に建てられた工場地帯が廃屋となって残っています。2006年5月に大火事でいくつかの建物が焼けて、現在ブリックの建物を高級コンドに変えようと言う試みが進んでいるようです。そんな通りの一角に、木製のブリックを敷き詰めたサイドウォークがあります。NYCで唯一木製ブリックが残された場所だそうです。マンハッタンの見える絶景ポイントだけに、そう遠くない将来無くなってしまうのでしょう、、、。

Astral Apartments (1886)
Greenpoint
言わずと知れたBrooklynきっての石油王、CharlesPrattが、彼の会社AstralOilWorksの従業員のために建てた、言わば"社宅"が、この素晴らしいビル。当時はかなりの僻地にあったことが予想されますが、今は人気のWilliamsburgから近く、高級住宅として内装を造りかえて若いヒップな小金持層の隠れ家的な建物となています。エントランスの大きなアーチの上に、今もAstralの文字がはっきりと残っています。女優MaeWestはここで産まれたそうです。

Ebbets Field (1913-1960)
Lefferts Gardens
今はLAに移ってしまいましたが、その昔、BrooklynDodgersのホームはここBrooklynのEbbetsFieldだったんです。地元の人々に愛され、多くの伝説を残した野球チームが売られてしまった日のことを、いまだによく聞くのですから、Brooklynの人々にとってこの野球場は大切な場所だったことでしょう。。。。ところが、残念なことに、1957年の最後のシーズンの後1960年には取り壊されてしまい、現在はEbettsFieldの文字と小さなプレートが残っているだけで、公団住宅になってしまいました。フランク・シナトラの歌にThere Used to Be a Ballparkというのがありますが、EbbetsFieldのことを歌ったのでした。ちなみに、BrooklynDodgersは1955年のワールドシリーズで優勝しています。